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【特別鼎談】博士後期課程から社会へ ―三者の歩んだ軌跡― Part 3

学生時代を共に過ごした「博士後期課程」出身の三人が集い、自身のキャリアについて語り合った。ビジネス・アカデミック・アート、それぞれの道に進んだ三人は何を語ったのだろうか。全4回連載。


Part 1】 Part 2 【Part 3】 【Part 4


石渡晋太郎氏のプロフィール:東京大学准教授(物理工学)、科学技術振興機構さきがけ研究者兼任。1975年生まれ 東京都出身。京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。早大理工学部、プリンストン大、科学技術振興機構ERATO、理化学研究所を経て現職。平成26年度文部科学大臣表彰若手科学者賞。

大野裕之氏のプロフィール:脚本家・日本チャップリン協会会長。1974年生まれ 大阪府出身。京都大学総合人間学部、同大学院博士課程(満期退学)。製作・脚本の映画『太秦ライムライト』でファンタジア国際映画祭最優秀賞。著書『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)で第37回サントリー学芸賞。

林信長のプロフィール:株式会社アカリク 代表取締役社長。1975年生まれ 東京都出身。京都大学理学部・総合人間学部、同人間環境学研究科博士課程(満期中退)。2002年にWEB制作会社を起業した後、2006年に大学院生の就職支援を事業として立ち上げ現職。

林信長(以下、林)

みんなは、博士後期課程の研究が今の仕事に直接活きていると感じる?僕は最後の専門が西洋哲学史なので直接という意味では役に立っていないんだけど(笑)。ただ、新入社員には必ずカントの感性・悟性・理性の話をする。仕事でもこの3つの協働が大事であると。シンタ(石渡氏)はもちろん役に立っているよね。

石渡晋太郎氏(以下、石渡)

そうだね。固体化学をバックグラウンドとして高圧合成をずっとやってきたので。

そういえば大学のとき、実験していて「抵抗がマイナスになった!」とシンタが大騒ぎしていた時のこと覚えてる?僕は「理論的にありえないだろう、配線ミスだよ(笑)」って返した。今考えると、僕ならそこで実験を中止して機材をバラしていただろうから、やっぱり僕は研究者には向いていない(笑)。でもシンタは「面白いことが起こっているかもしれない」と機材をバラさず実験を続けたわけ。電磁気学を根底から覆す、みたいな(笑)。結局は単なるミスだったんだろうけど、何か新しい現象が起きてるかも、と本気で取り組めるところが研究者なんだよね。

石渡

抵抗がマイナスになったことは鮮明に覚えてるよ。結局論文にはならなかったけど、ああいう乱れた系の物性研究は発展途上の研究テーマでアプローチが難しいから、今後も予想外の発見が出てくる可能性があるはず。さすがに電磁気学が覆ることはないと思うけど(笑)。私の指導教官は、こういう一見クレイジーなデータでも面白がってくれました。このような経験が現在に至るまで、僕の研究のモチベーション維持につながっているんだと思います。予想外の結果が出たときに一度常識を疑ってみるという姿勢が大事。でも実際はそのほとんどが何かの間違いなので、ひとしきり妄想を楽しんだ後は、今度は逆に疑いの目をもって慎重にデータを見直さないといけないけどね。

大野裕之氏(以下、大野)

僕の場合、文系の博士課程は時間に余裕があるので、舞台活動も研究も、やりたいように出来ました。やっぱり、論理的な物の考え方や歴史などを知らずに実践活動をするのはアホだし、逆に実践を知らずに研究することには何の意味もない。当時から両方ともが必要だと思っていました。いろんな人に「研究か実践かどちらかを選べ」といわれたけどそれはノンセンスだと思っていました。ふたつ強みがあれば勝ち目があるというのは文系も同じことなんです。
あと文系で言えば、日本のアカデミーってもの凄く狭いところで、誰も読まない学会誌に投稿して業績作りあっていて、全く意味がないんですよ。外国の人は誰も読んでないし。
23歳で英国映画協会に初めて行った時、世界的な研究者と廊下ですれ違って立ち話をしたのですが、それだけでも日本のアカデミーは20年くらい遅れていることに気づきました。その時点で日本のアカデミーを信用しなくなりましたね。そこで、英語で研究して発表せなあかんと思い、国も言語も研究も実践も越えてバランスを取っていく、ということを博士課程で身に付けた。それは今の仕事に直接活きていますね。

僕も博士課程で得たことについては、二人と似ています。僕が最終的にアカデミーを離れた理由は、その先生に専門をひとつ選んで博論書けと言われたから。先生は僕を大学に残してくれようとしたんだろうけど、僕はあまりピンとこなくて。僕が得意なのは哲学じゃなくて哲学史だし、美学じゃなくて美学史。どちらかというと作家をひとり選んで深堀するより横に見る感じ。そういうことをやりたいと思っていたんだけど、アカデミーではそれは出来ないな、と。

大野

もっと横断的に、アートをちゃんとビジネスにするとか、そういうことかな?

そう。逆に言うとドクター時代は横断的に物を見ることをさせてもらった。あとアカデミーには表面的な人もいるけど、シンタや大野君みたいに、本質に到達している尖った学生もいたし、ガタガタ理屈ばかり言う学生にキレずに相手してくれた先生も少なからずいた。そういう出会いも良かったと思う。
博士後期課程って、「世の中の常識」みたいなものが通用しない場所なんだよね。そういう場所に身を置いたってことは僕の人生での財産かな。社会に出ると権威のある偉そうな人が言う事をみんな信じちゃうでしょう。でも科学っていうのは普遍的なもので、金持ちとか国籍だとか関係ない。アカデミーはそういう場所。どんな場面でも知性を使って、偏見なくものを疑って見るのが大事だと今でも思っている。
周りに流されないことが凄く大事。疑問を持っても、すぐに他人に答えを教えてもらえば、その人の考え方が入ってしまう。分からなくてもすぐに聞かず、まずは自分でロジカルに考えて自分で答えを出す。間違っていたら修正する。実はそれを大学で学んだ。

特別鼎談 石渡晋太郎氏 大野裕之氏 林信長
石渡

ビジネスでも学問でも「こうしたらこうなる」っていうルートがあらかじめあるわけではないからね。

あったとしてもその前提である社会構造は日々変化するからね。「変わらぬルートがある」と言う人はよくいるけど、何で10年後、20年後の社会のことをわかるのか、大抵の人は大した根拠がない。そういう人が、たまたま経験しただけの話や、見聞きした街角の与太話を宇宙の真理かのように吹聴して、若者のやる気をつぶしてしまう。そしてそういう人は大概は大した成功していない(笑)。キャリアに関しては人の話は参考資料程度に留めておくこと。絶対的な勝ちパターンはないので、その場その場で自分で考えるほうがいいです。キャリアに関わる仕事をしてる僕がこんなこと言うのはやはり変だけど(笑)。

大野

博士課程で学ぶのは「ものの考え方」ですよね。博士はいろんなものを吸収して自分独自の考え方を身につけるところなので。身についたことはどんな局面でも本当に役に立ちます。自分の新しいパターンを生み出す場所ですから。今二人の話を聞いても改めてそう感じました。

当時、流行の哲学の表面をなぞるように専攻していた人なんか、今はどうにもなってないでしょうね。10年20年経って大きな社会変化がおきると、そういう表面的な思考方法とか考え方は、もう「時代遅れ」となってしまっている。僕らの時代でいえばインターネットの登場で激変した。今のネット時代に耐えられない研究を「最先端」といってやっていた人は淘汰されてしまったわけです。そしてそういう社会変化に無頓着な研究もダメ。普段からグーグルを使ってるのに、その認識拡張の革命に対する分析が何もない「社会学」とかね。今流行っていることを一生懸命収集しつつそこから本質を掴んで、かつ10年後20年後の「環境」がどうなっているのか、自分なりに仮説をたてながら方向を決める必要があります。

石渡

研究者全般に共通して必要なスキルというのがあって、そのひとつが社交性あるいはコミュニケーション能力です。これは友人が多いとか、おしゃべりが好きだ、などとは違います。研究内容や自分の業績を伝えるためのプレゼンや、共同研究者を見つけて議論を重ねるというような、対人間との情報のやりとりに関わる能力です。論文や申請書を書く作文力もこれに含まれます。自分はもともと社交的ではないのですが、博士の二回生くらいからは、自前で名刺を作って配ったり、自分の研究業績をホームページで公開するといったこともやりました。
また、研究を続けるための資金を得るには、分野外の研究者に対しても説得力のある申請書を書くことが求められます。研究者はビジネスマンのマインドも持っていないとやっていけません。学会に参加したり研究室のスタッフと話をするうちに、これらのことが大事だと次第にわかってきました。一人の力は限られているので、共同研究者がいないと研究が出来ないことも多いです。自分一人の能力を伸ばすだけでなく、人を上手く使う、周りを上手く巻き込むといったことも大事です。これらは研究者に限ったことではないけれど。

以前同じ話を聞いて、会社の運営と一緒だなと感じました。人を集め、金を集め、成果を出す。東大生でもピンキリだから、優秀な学生に研究室に来てもらうためにはプレゼンをする。シンタはいい学生を集めているしそのマネージングも上手いよね。いい論文を書くために、自分の能力だけじゃなくて、いかに優秀な学生を集めて気持ちよく研究をしてもらうか。僕はそれ大学を出てから学んだよ。

大野

今大切なポイントがもうひとつ出てきて、最終的に「勝ち目を考える」っていうのが、三人の話に共通していると思います。博士課程では、専門家として非常に純化された学問を追い求めることが良しとされ、「専門以外の事にはわき目も振らずに没頭したまえ」という風潮がある。でも研究をどうやって世に出していくかを考えなくてはならないよね。
*本インタビューの内容はあくまで個人の見解です。

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