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宮川創氏 ゲッティンゲン大学 インタビュー

博士が選んだキャリアパス|宮川創氏(ゲッティンゲン大学・研究員)

現在ゲッティンゲン大学(Georg-August-Universität Göttingen)で研究員(Research Fellow)として研究活動に従事している宮川創氏(academia.edu / researchmap)にインタビューを行ないました。

宮川創氏のプロフィール:北海道大学卒業後、京都大学大学院(言語学専攻)に進学。修士号取得後、2015年に学術振興会特別研究員(DC1)へ採用されるも途中で辞退して、同年10月からドイツのゲッティンゲン大学で2つの研究室にそれぞれ研究員として着任。現在、京都大学大学院(休学中)とゲッティンゲン大学大学院の博士後期課程に所属し、合計3つの国際的学術プロジェクトに従事している。専門はコプト・エジプト語、エジプト語史、コプト教会、聖書学。

人文学と情報学のクロスロード

現在ゲッティンゲン大学で行っている研究内容について教えてください

現在はゲッティンゲン大学大学院文学研究科エジプト学・コプト学専攻に在籍し、三つの研究プロジェクトで研究員(Research Fellow)として働きながら研究を進めています。それぞれプロジェクトは異なるテーマがあり、私は二つの研究室を与えられています。全てに共通するのがコプト語(※紀元後2世紀頃から用いられ、現在はコプト教会の典礼言語として用いられている古代エジプト語直系の言語)です。
■全米人文科学基金「Coptic SCRIPTORIUM」(コプト語サイード方言のコーパス研究:学際的多層型研究手法のためのインターネット上のプラットフォーム)
■ドイツ学術振興協会共同研究センター1136(古代から中世及び古典イスラム期にかけての地中海圏とその周辺の文化における教育と宗教)
■全米人文科学基金・ドイツ学術振興協会「KELLIA」(電子技術を駆使したコプト語学・文学の国際的共同研究)
どれも対象は古代や古典の時代ですので、私個人の研究テーマに直結する文献学や言語学だけでなく、歴史学、社会学、宗教学といった他の人文社会系分野への理解も必要となります。また電子コーパスの作成など情報工学を用いた研究を進める取り組みでもあるため、Java、Python、Ruby、XML、MySQLなど情報系の文脈での『言語』も多用しています。例えば、紀元後5世紀のエジプトでコプト教会の修道院長を務めていたシェヌーテの著作を言語学的・文献学的なマークアップを含む電子コーパス化して、他の人物による著作やコプト教会や他の宗教の文脈で書かれた文章との、インターテクスチュアリティ(※テクスト間の関連によってテクストの意味を探ること)を研究しています。
最近では、Coptic SCRIPTORIUMプロジェクトでの活動として、人工知能の分野で話題のディープラーニングを用いたニューラルネットワークを利用したコプト語のOCR(光学文字認識)ソフトウェアをマックス・プランク研究所の研究者とともに開発して、学会で共同発表を行ないました。KELLIAプロジェクトではコプト語の文章に多重なアノテーションを付け加えて表示できるウェブ・コーパスの開発に参加しました。他にもドイツ学術振興協会共同研究センター1136では、コプト語で書かれた文学作品におけるインターテクスチュアリティを測定・分析することが出来るソフトウェアを、GCDH(Göttingen Centre for Digital Humanities)の研究者の方々と共に開発しました。他にも古代エジプト語のヒエログリフのUnicodeの符号化と入力方式の開発にも携わっていて、近々発表を予定しています。

宮川創氏 インタビュー国際コプト学会での発表時に撮影(提供:宮川創氏)

弊社が提供している「Cloud LaTeX」のユーザーでもあるとお聞きしました

はい。pLaTeXが使えるオンラインLaTeXプラットフォームはアカリクさんのCloud LaTeXだけですよね。これは画期的なことで、他のオンラインLaTeXサービスで日本語を始めとするマルチバイト言語が(頑張らないと)使えないことを嘆いていた人たちにとって福音だと思います。

自他ともに認める「言語マニア」

今も京都大学に学籍があるとのことですが、日本ではどのような研究をしていますか?

京都大学では古代エジプト語を歴史言語学の視点から研究しています。歴史言語学とは、言語の経時的変化を対象とする研究分野のことです。古代エジプト語はコプト語も含めると文字による記録が5000年に渡って残っている言語なので、その歴史的変化を追う研究に魅力を感じています。最古の記録はアビュドスという遺跡にある紀元前32世紀頃の墓から出土した遺物に刻まれたヒエログリフです。古代エジプト語は少しずつ変化を経て、最終的にコプト語と呼ばれる言語になりました。
このコプト語は、キリスト教の宗派の一つであるコプト教会で典礼言語として用いられるようになりました。典礼で用いられるコプト語は、日本では、2016年7月18日にコプト正教会の日本初の教会堂として開堂された聖母マリア・聖マルコ・コプト正教会(京都府木津川市)で聴くことができます。
アラビア語の台頭により、諸説ありますが、遅くとも紀元後16世紀頃には母語話者がいなくなったとされていますが、典礼言語として、特に聖典に使用される文語としては使われ続けています。近年では現代ヘブライ語のように日常語として復活させる取り組みが行われています。近年では現代ヘブライ語のように日常語として復活させる取り組みが行われています。

「言語マニア」と伺っていますが、実際にこれまで何言語くらい学びましたか?

比較的よく学んだのは20言語ほどですね。言語学の研究と論文のために部分的に学んだ言語を入れると50以上になると思います。実はコプト語を学び始めたのは高校生の頃で、ギリシア語、ラテン語、聖書ヘブライ語といった古典語もその頃から勉強しています。学部時代(北海道大学)は英語、ドイツ語、フランス語、ギリシア語、ラテン語はもちろんのこと、アイヌ語、フィンランド語、サンスクリット語、パーリ語、チェコ語、ロシア語、ポーランド語、オランダ語、中国語も含めて、全部で14言語の授業を取りました。コプト語を含めると15言語ですね。修士課程で京都大学に移った後は、シュメール語、聖書ヘブライ語、古期アイルランド語、トカラ語の授業を取っていました。京大の指導教官のアヴェスタ語の勉強会にも出席しました。
勉強会といえば、これらに加えて、学部時代から自主的に言語の勉強会を開いていて、シリア語、現代ヘブライ語、ウズベク語をはじめ、たくさんの言語をみんなで学びました。勉強会には西洋古典学の方、陰陽道の研究をされているギリシャ出身の方、ルクセンブルク語を研究されている方など、様々な参加者がいたので色々な角度から活発な議論が出来たので楽しかったですね。またアラビア語については札幌にあるモスクに通って勉強していました。エスペラント語のセミナーにも行きました。
修士課程の1年目後半には、指導教官などから海外で訓練を受けた方が良いと言われて、バルセロナでコプト語パピルス文献学の夏期講習、ロンドンで中期エジプト語(※紀元前2000年から1300年頃の古代エジプト語)の夏期講習に参加しました。日本国内では関西大学の中期エジプト語文法セミナーに行きました。他にもヘブライ大学の先生に、メールでコプト言語学のことについて質問して教えてもらいました。
今いるゲッティンゲン大学でも、中期エジプト語、新エジプト語(※紀元前1300年から700年頃の古代エジプト語)、コプト語、ゲエズ語(古典エチオピア語)の演習と講義を受講しています。ただし民衆文字エジプト語(※紀元前7世紀から紀元後5世紀頃に使用されていた古代エジプト語直系の言語)と古期エジプト語(※紀元前2600年から2000年頃の古代エジプト語)は海外の研究者に質問しながら、自主的に学びました。言語学の論文を書く時には、他の言語の例を出さないといけないことがよくあるため、部分的にですが数多くの言語の文法を学びました。
話者数が多いタガログ語、イタリア語、スペイン語、現代ギリシア語、アルメニア語、アルバニア語、スワヒリ語、マルタ語以外はベジャ語、ノビイン語、ウェールズ語、ヒシュカリヤナ語、カピンガマランギ語、ケット語、ブルシャスキー語、トゥルカナ語、マーオリ語、ハワイ語、トゥヴァル語、ラパ・ヌイ語、ポーンペイ語、チャモロ語など少数言語が多いですね。最近では、古期ヌビア語という、ヌビア(※南部エジプトから北部スーダンにかけての地域)で用いられた言語も学んでいます。
古典語では古典ナワトル語や古典マヤ語、アッカド語も学びました。主に紀元前300年頃から紀元後400年頃に掛けてエジプトの南のメロエ王国で書かれたメロエ語はまだ解読されていないため、コンピュータを用いたその解読にも取り組んでいます。これらを全て合わせると、結局、50言語以上になるでしょうか。今回は、自分で文法書を開いて勉強した言語に限りましたが、学会発表や大学院演習で触れたものを入れると、さらに多くの言語を学んだことになります。

日本からドイツへ

なぜ海外の大学院へ進学されたのですか?

日本の古代エジプト研究はどちらかというと考古学や建築学などがメインのところが多く、古代エジプトの文献や言語を研究するには、欧米に行かなければなりません。さらにコプト学をメインに研究している国内の大学教員(准教授以上)は非常に少なく、様々な研究者に会って、この学問の様々な知見を得たいのなら、欧米の大学に籍を置くことが一番有利に働くのではないかと思っていました。
他にも研究を行なう上で、文献を読むために古代語を、フィールド調査をするために現代語を、というように様々な言語を学ぶ必要があります。古典語としてギリシア語、ラテン語、古典アラビア語……それから先行研究を読むためにドイツ語、フランス語、イタリア語……現地での調査のためにさらにアラビア語のエジプト方言とスーダン方言……といった具合です。ヨーロッパなら中東やアフリカからの移民や留学生の方々も比較的多く、これらの言語や方言を学ぶ上で特に困ることはありません。また大学の夏期講習として集中的に学ぶ機会もあります。実際に私も先日、ブリュッセル自由大学のエジプト方言の夏期講習に行ってきました。

プロジェクトの研究員として着任するまでの経緯を教えてください

コプト学者のAlin Suciu博士のブログで、ゲッティンゲン大学が研究員を募集していることを知って、書類審査のための資料をすぐ送り、翌月に「書類審査に合格したので面接をします」という通知が来て、Skypeで面接しました。その後、昭和女子大学で開催された古代エジプト研究会で発表した直後に、合格通知のメールをいただきました。
実は以前からイスラエルにあるヘブライ大学にも客員研究員(無給)の申し込みをしていたのですが、そちらは審査にだいぶ時間がかかっていて、ゲッティンゲンからの合格通知に少し遅れて、ようやく合格通知が届いたのです。でもゲッティンゲン大学の方は給料が出る仕事だったのと、コプト学やエジプト学の専門家が多数在籍しているので、今回はドイツを選びました。ヘブライ大学には事情を説明して断りを入れたところ、次回は書類審査なしで審査をしてくれることになりました。柔軟で大変親切な対応だと思いました。その後、別のプロジェクトで、ヘブライ大学から滞在費付きの研究員のお誘いがきまして、近いうちに数ヶ月ほどヘブライ大学でお世話になるかもしれません。

宮川創氏 インタビューワークショップにて、Alin Suciu博士(ゲッティンゲン学術アカデミー)(左)、Heike Behlmer教授(ゲッティンゲン大学)(中央右)、Tito Orlandi名誉教授(ローマ大学ラ・サピエンツァ)(右)とともに撮影(提供:宮川創氏)。Behlmer教授は宮川氏の指導教官。Orlandi名誉教授は「コプト学におけるデジタル・ヒューマニティーズの父」。

ドイツではどのような生活を送っていますか?

ゲッティンゲンは非常に住みやすい都市なので気に入っています。とにかく治安が良くて、生活費が安いです。請求書など法律に関する文章は日常語と異なるため大変分かりづらく苦労しましたが、周りの人に質問すれば教えてもらえるので、ドイツ語でも特に困ることはなかったですね。社会保障も充実していて、医療費は無料、失業保険あり、食堂にはかなり手厚い学割があり、さらに学生はニーダーザクセン州の鈍行列車とゲッティンゲン市内のバスが無料で乗り放題です。ドイツは研究したい人にとって大変やさしい環境なのではないでしょうか。日本よりものんびりしている感じで、リラックスできる雰囲気が良いと思います。

今後のキャリアパス

今後どのようなキャリアパスを歩もうと考えていらっしゃいますか?

やはり私の研究を続けるには大学の常勤職が一番だと考えています。ただ現状だと最初から常勤職に就くのはドイツでも日本でも厳しいですね。とりあえずは色々な国を渡りながら各国で任期付きの職で食いつないでいこうと思っています。IT系の仕事にも関心があるので、そういった仕事も挟みながら生活費を稼いでいきたいです。
いま大学院生や若手研究者が主体となって研究活動を盛り上げる流れがあるように思います。例えば私も参加している「東方キリスト教圏研究会」では京都大学の研究大学強化促進事業「百家争鳴」プログラムから助成を受けて、様々な研究会やシンポジウム、特別講演などを開いています。こういった取り組みや機会も大いに活用して、多様な方々とともに切磋琢磨しながら共に研究していきたいですね。

ありがとうございました


(2016.11.18 更新)


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